2011年6月15日水曜日

   福島県南相馬市災害ボランティアセンターに運営支援者として5月6日より職員1名が一週間交代で入らせていただき1ヶ月が過ぎた。被災地の社協はこの困難な局面のなか災害ボランティアセンターを立ち上げ運営を行っている。それは社協の使命であるけれど、被災地の社協は、また被災者であり、役職員の方々もこの災害により犠牲となられた方々も多く、全国津々浦々にある社協は結束してこの事態に立ち向かわなければならないと思う。    

 社協が目指す地域福祉活動は、もっとも生き難さを強いられている人々を支える地域づくり、人間の生命と尊厳を大切にする地域づくりのはずである。被災地では、日々このことに直面し、汗と涙を流されていることは想像してやまない。
 
 ボランティアコーディネーターは、人をみて、幅広い視野で物事を考える力を持ちあわせ、「井の中の蛙 大海を知らず」にならないよう心がけなければならない。
 また、私たちのように外部から被災地に入らせていただく場合は、何よりも謙虚な姿勢も必要である。今回、私たちを受け入れていただいた災害ボランティア活動支援プロジェクト会議と被災地に赴くにあたり私たちが特定非営利活動法人日本ボランティアコーディネーター協会(JVCA)会員であるということでご尽力いただいているJVCAにこの未曾有の歴史へ参加させていただいていることに感謝しながら、私たちは何を為すべきか、考え続けていかねばならない。   

 

2011年6月9日木曜日


2011.6.8 福祉委員会

 6月8日(水)第15期の福祉委員さん(任期2年)に委嘱状を交付しました。
大野城市社協独自の取り組みとして各地域に1名の福祉委員さんを配置して28年目になります。
 今回、半数の方々が新任となり、「社協がなぜ地域福祉活動を進めるのか」「福祉委員の役割」などについて話をさせていただきました。各地域には組織として活動をする地域福祉推進委員会(地域ボランティア)があり、社協、行政と地域をつなぐ重要なパイプ役としての役割があります。
 現在、定例会には社協だけではなく市の地域包括支援センターも出席して全市的な福祉課題などの協議や情報交換の場として福祉委員会の定例会を開催しています。
 次回は各地区の在宅介護支援センターに出席していただき各地区(コミュニティ地区)ごとに意見交換などを行う予定です。
 また、市が進める災害時要援護者支援制度についても今後どのように進められていくのかを確認していかなければなりません。

2011年6月1日水曜日

災害ボランティアセンター・職員からの報告1




大野城市社会福祉協議会としても“放っておけない”の思いから、会長、局長の命を受けてゴールデンウィーク後半から職員交代で、福島県南相馬市(原町区)の災害ボランティアセンターに入らせていただいています。
 中心街はとてもきれいな街並みですが、海岸へ2~3㎞程車を走らせると、はっきりと津波の跡が残っていました。

活動内容は日々少しずつ変化しますが、個人宅の瓦礫撤去・泥だし作業、流出物の洗浄・展示、避難所や託児所の運営補助、物資の仕分けなどがあります。
ボランティアさんは県外から来られる方が多く、全体的には平日で約100名、土日は約200名の方に来ていただき、上記活動を行なっています。私たち職員は主に、その活動とボランティアをつなぐマッチング(調整)や送り出しのサポートをしています。

活動を通して多くの方々と出会い、いろいろなお話を聞かせていただきました。地元社協職員の方々も活動しているボランティアさんも本当に優しく、こころ温かい方々ばかりです。みんなで力を合わせて早期に復興支援をしていきたいところですが・・・未だに原発問題が解決しないため、地元に帰ってくることができない方々がたくさんいるのが現状です。

私たち職員が、実際に現地で見たこと、聞いたこと、感じたこと、感謝の気持ちなどをそのまま発信していくことも今できることの一つだと思っています。全国のみなさんからの応援の声は南相馬市にも確実に届いていました。そして、今後も復興に向けてまだまだ多くの力がまだまだ必要です。南相馬市を応援していただける方は、下記ホームページで状況等を確認していただきたいと思います。(A.T)

【公式ホームページ】http://minamisoma.jimdo.com/
【ボランティアセンターブログ】http://ameblo.jp/minamisoma-svc/

2011年5月15日日曜日

「ほっとけない」という自発的な想いから…

 5月6日より福島県南相馬市の災害ボランティアセンターのサポートに入っている職員の交代として昨夜、職員(1名)が出発しました。
 ゴールデンウィーク後はボランティアの方々は少なくなってきたという現地からの報告が入ってきていますが、自分の時間を都合してボランティアに参加するということから考えると当然なことかもしれません。
 大野城市でも被災地でボランティア活動をするということで、新たにボランティア保険の加入をした方々が数名おられ、今週から東北に向かわれます。  
「ほっとけない」という自発的な想いが、ボランティアとして被災地に赴くことになりますが、九州からでは被災地に行きたくても行けない人がたくさんいると思います。
 現地に行けなくても私たちの身のまわりで出来ることもあります。
 先日、社協に登録されている子育てサークルのお母さん方が、自発的に東日本大震災被災地応援バザーを開催されました。(バザーの収益は社協に寄せられ、中央共同募金会へ送りました。)

バザーの案内チラシには、こんなことが書いて
ありました。

5/13子育てサークル・チェリーKIDSクラブの皆さんによるバザー

  
 今私たちのできることって… 
   小さなことしかできないれど…
      少しでも何かできたら…という
               皆同じ気持ちで…

一日でも早い復興を一日でも早く被災地の方が普通の生活をおくれますように心から祈っています。(チェリーKIDSクラブ)

2011年5月7日土曜日

職員、福島へ出発!

 5月6日(金)早朝、社協職員(1名)が災害ボランティアセンターの運営支援として福島県へ出発しました。

 先発ということもあり、職員は不安と緊張感のなか社協会長、副会長、そして職員に見送られながら福島へ向かいました。

 ゴールデンウィーク中に大野城から被災地で瓦礫の撤去や泥出し等の活動に参加したボランティアさんからも災害ボランティアセンターのスタッフ(コーディネーター)のが足りていないという報告がありましたが、とにかく現地で力を発揮することを期待したいと思います。

2011年5月3日火曜日

復興に力をかしてほしいというメッセージを携えて


W.F.Pのテント設営(南三陸町ボランティアセンター)

  4月2日より宮城県南三陸町の避難所となっているベイサイドアリーナで電気関連の管理やW.F.P(国連世界食糧計画)が設置するテントやコンテナの設営でボランティアとして協力していた大野城市のボランティアの方が活動を終え、5月2日無事に戻りましたとご報告とご挨拶に社協へみえました。
特に現地の方からこの現状を福岡の皆さんに伝え、是非復興に力をかしてほしいというメッセージを携えて大野城に戻られました。
以下は、ご本人の了解を得て、ご本人が綴られているブログ(5月2日付)をそのまま転載するものです。
(写真もご本人が現地で撮影されたものです。)



桜が満開(4/18)

昨夜、帰り道いろいろありながら福岡に戻りました冷や汗

帰り道何とも言えない感情がこみあげて来て何度も泣きそうになりました。


昨夜、夕食を食べるとき別にごちそうではなかったですが、とてもおいしい…普通の食事が食べれることのありがたさ…
今まで考えもしませんでした考えてる顔

体重計に乗ると10k痩せていました。
余計な肉が落ちて、筋肉は付いていい感じです。

今までいろんな物を持ちすぎていたんだと思いました。


昨夜は爆睡眠い(睡眠)して起きると9時過ぎあせあせ(飛び散る汗)
まずは病院へ、それから市役所、大野城社協、仕事の面でご迷惑をおかけしたり協力をしていただいた取引先、知人にお礼を言いに廻りました。

そして、ご先祖に感謝のお参り、地元の神社にお礼のお参りに。


感じたことは、被災地とこちらの日常のギャップ。

あまりにも違いすぎる。 )


現実の世界に…
けれど被災地起きていることも現実…

日常に戻らなければ…
仕事の山…


宮城にはまた絶対に行こうと思います。
その時は復興支援として。

その時のため準備、活動をこちらでしようと思います。

そしてずっと被災地のことを応援していこうと思います。


皆さんも被災地を応援してください。

想いは必ず届きます。